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ICON 新二都物語カルビサーガ 第74話

「ひさしぶりの客なので、わしも楽しい。ゆっくりと泊まっていってくれ」
 仙人がカルビの肩をたたきながらうれしそうに言った。
「ありがとう。泊まらせてもらう。ねっ、スターシア」
「ありがとうございます」
 スターシアが仙人に頭を下げた。
「よっしゃ、わしゃ寝床の用意をするからな。あんたらは、スープのおかわりをたんと飲んどくれ」
 仙人は「よっこらしょ」と立ち上がり、食卓を離れると奥の間につながる木の扉を開けてなかに消えた。
「スープ、もう一杯飲む?」
「うん」
 スターシアがうなずいた。
「よし」
 カルビはスターシアの木の皿にひしゃくでスープを注いだ。
「竜のスープはごちそうなんだ。山の民だってめったには飲めない。良い事があった時や、大切なお客が来たときに出す料理なんだ。仙人のヤツ、ムリしやがって……」
 カルビは自分の皿にもスープを注いだ。
「山の民って、みんな、食べ物をこんなに大切にしているの?」
 スープを口に運びながらスターシアが聞いた。
「そうだよ。食べ物っていったって、全部、山のものじゃない。山がもっているもので、そのおこぼれを人間がもらってるんだもんな。高い木の上に、すっごくいっぱい実があったとするだろ。どうしても取れないからって、木を切って取るとする。そしたら、来年はどーするのさ。下で待ってりゃ、まあ、その日食べる分くらいは落ちてくるのにさ」
 カルビの話を聞きながら、スターシアはなんとなく山の民の生き方がわかってきたような気がした。
 じゃあ、海の民はどうだろうかと考えた。
 海の民は、漁に出れば網にかかるだけの魚を取るだろう。大きな魚だろうと小魚だろうと容赦はしない。大漁ならば市場にたくさんの魚が並び、値は下がる。来年のことを考えて小魚は逃がすなどという発想そのものがない。
「どうしたの?」
「ううん……なんでもない」
「スープまずいか?」
 カルビは小声で聞いた。
「おいしいよ。すごくおいしい」
「よかった」
 カルビはうれしそうに笑った。
「ねえ、カルビ……」
「なんだ?」
「あのね、やっぱりシーアスに制圧されたマウンティアって、ずいぶん変わってしまったの?……」
「…………」
 突然の質問にカルビはマジな顔になってスターシアを見つめた。
「あ、ゴメン……ゴメンなさい……」
「いや、いい。そりゃ変わったさ。見た目にはそんな大きな変化はないように思えるだろうけど、変わった。大きな村は全部シーアスの連中が管理している。大切な木をたくさん切って畑をつくらされて、水だって川を止めてシーアスに持っていかれちまったしな。それだけじゃない。山の人間がだんだんとシーアスのやり方でいいんだと思ってしまってるんだ。本当の問題は、そっちの方じゃないかな……」
「山の民が変わっちゃった……ということ」
「ああ。シーアスにあこがれる山の民も多いんだ」
「カルビはイヤなのね」
「イヤだね。山に生まれた人間が海の人間にはなれない。山の民は山を知らなくちゃ生きていけないのさ。いつか、山に嫌われたときに大変なことになる。でも、そのときは手遅れじゃないのかな……」
「だから、カルビはナムルと……あの虎のナムルとシーアスに牙を向けたというわけか……」
「まあ、そんなとこ。シーアスが混乱してくれればさ、なんか山の民も、おっしゃ! とやる気になってくれんじゃないかな、なんて少し期待したんだけどね」
「期待はずれだった?」
「さあ、どーだろう。わかんねぇな……」
「でも戦争になっちゃうと、また……」
「たくさん悲しいことがあるだろうな。だけど、だからってずっとシーアスに頭おさえつけられてもいられないじゃん。やっぱり、やるときはやらなくちゃ。力でもって戦わなくちゃ」
 と、カルビが男の子らしく鼻の穴を広げながら熱く語った。
 そのときスターシアは王宮につらなる人間たちの事を思った。
 アブラック三世、王宮騎士団のカルナック、王宮の重臣たちや魔法教会の僧たち。
 はたして、それらシーアスの国を動かそうとする人たちの中に、目の前のカルビのような純粋な瞳の輝きがあったろうか。いや、そもそも、彼らに国を思う気持ちがあるのか。国を思うとは、その国に生きる人々を思うことであり行く末を見つめることだと、このときスターシアは思っていた。
「さあ、寝床の用意ができた。こっちにおいでおふたりさん」
 と、仙人が奥の間から顔を出した。
 ふたりは食器をかたづけ、洗いものをしてから奥の間に移動した。
 たっぷりと山羊の毛皮が敷きつめられていた。そのまわりには、ふたつの暖炉があって、火が赤々と燃えていた。
「夜は寒くなるからのう」
 仙人は、横になったふたりに毛皮をかけながらやさしく言った。
「ありがとうございます」
 スターシアが心から礼を言う。
「わしも、ここで寝かせてもらうよ」
 仙人はスターシアの向かい側に横になった。
 パチパチと暖炉のなかで薪が音をたてた。
「シーアスとマウンティアが昔のような関係にならないかなぁ」
 スターシアが天井を見ながらつぶやいた。
「歴史の歯車というヤツは一度回ってしまうと元にはもどらんのだよ……」
 仙人がため息まじりに言った。
「そうかなぁ……」
 スターシアは悲観的には考えていなかった。元にもどすために後ろを向くのではなく、新しく前に進めないのだろうかと思った。その前に進むべき道が、いまはわからなかった。
「たとえば、再びシーアスとマウンティアが戦ったとしよう。そしてマウンティアが勝ったとする」
「いまのままじゃ勝てないんじゃないかぁ」
 と、カルビが口をはさんだ。
「まあ聞きなさい」
 仙人がカルビをやさしく制した。
「はーい」
「勝ったマウンティアは、いったいどうするのだろうか……」
「さあ?」
 スターシアは横を向いて仙人の顔をのぞき込んだ。仙人は、空間の一点を見つめながら、悲しそうな目をしていた。
「イケイケどんどんじゃん。シーアスを今度は制圧してさ……」
 カルビが無邪気に言った。
「バカ者!」
 はじめて仙人が声を荒くした。
「ひっ……」
 カルビが首をすくめた。
「それでは同じことじゃ。もし、シーアスとマウンティアが、昔のような関係としてありたいのなら、大きな未来に向かって目を開きつづけられる者が現れることじゃろう。戦はあったとしても、戦の終わりを見つめられる者じゃ。いつ止めるかということをわかっている人間こそが、真の王者なのじゃ。そして力を使いすぎないことじゃ。力を使いすぎれば必ず憎しみを生み出す……」
「真の王者……」
 スターシアは何度もその言葉を口の中でつぶやいてみた。
 すでにカルビは寝息をたてていた。


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