Top 見る・読む 参加する ご案内
ICON 5月11日放送 そらにさからう人、海に挑む人
●オープニングコント
広井 「かっぺい、連休中のことは忘れよう」
山口 「はい、ムラムラ村の映画館は連日超満員! ……のはずが閑古鳥でしたよね」
広井 「だから忘れよう。え? いつの話かぁって思え」
山口 「うわあ、無理矢理完全に忘れている」
広井 「ん、そういうこと。で、新作なんだが」
山口 「はい」
広井 「かつて石原プロが『太平洋ひとりぼっち』という映像を作った」
山口 「はい」
広井 「知っとるかぁ、大ヒットしたんだぞぉ」
山口 「はい」
広井 「そいでだ、デフレ時代の今だからこそ必要なのは冒険、挑戦」
山口 「そうですねぇ」
広井 「そこでぇ21世紀の冒険映画を作る。『太平洋ふたりぼっち』」
   
豊口 「にいさん、この広〜い太平洋で、ボクたち、ふたりきりなんだね」
横山 「そうさ、俺達はごぼう。ごぼう兄弟のふたり旅。歌おう」
豊口 「いいよ、にいさん」
横山&豊口 「ごぼう〜〜」
   
山口 「……監督、今のは何すか?」
広井 「映像的な冒険だな。う〜ん、素晴らしい。太平洋でごぼうを洗う。あの禁断の表現をついに! 映像化したわけだ。どうよ、スクリーンにごぼうのアップ、どアップ! いいね」
山口 「あの、大根じゃだめですか」
広井 「ばぁか! 白すぎるだろう。ねぇ」

●オープニングトーク
広井 「熱くなったり寒くなったり大変でございますがね、もうねえ、年寄りの身にはこたえるね、こういうのは」
横山 「どのへんが答えるの?」
広井 「……下半身?」
横山 「それはお天気とは関係ないんじゃないかな〜」
山口 「(おじいちゃん風に)それは天気とは関係ないのぉ」
横山 「梅雨だからしめってるとか、そういうことじゃないんじゃないっかな〜」
山口 「(おじいちゃん風)梅雨じゃなくてもしめっとるからの〜」
横山 「あ〜は〜は〜……セクハラです」

 横山さんの痛烈なひとことに一瞬静まりかえるが、山口さんは「流れにそって、会話をトークしてみただけですから」と言い訳。

 「こたつをしまわなきゃ良かったなあ」と梅雨話を続ける広井さんに、相変わらず老人風の相づちを打つ山口さんであったが、豊口さんに「誰なの?」と突っ込みを入れられる。

  山口さんは「そういう風にやれって(台本に)書いてあるんだもん」と更に言い訳。

  とうとう広井さんの「書いてねえよ、どこにもよお」という否定に、山口さんは「柴ちゃん(構成作家柴崎さん)のスピリッツを受けてるんですよ。文字からこうにじみ出る……」と反論するが尻すぼみになってしまう。

 広井さんはとどめを刺すように「全然にじみ出てないけど」とつぶやいてから、話題を改めるようにはがきを読み出す。

◆ドミンゴ池田(埼玉県)
 JTBによると、今年の旅行人数は国内が2202万9000人、海外が50万9000人だったそうですが、結局のところ、マル天組のゴールデンウィークはどうだったのよ?


 広井さんが「どうなのよ?」と聞くと、横山さんは「私はずっとね、空にさからってました」とコメント。横山さんは4月24日から5月3日まで公演された劇団扉座の『そらにさからふもの』というお芝居に出演していたとのこと。

  横山さんが劇中、『世情』(中島みゆき)を歌った事を話すと、広井さんに「歌ってみぃ」と言われる。しかし、「この場では歌えねえ。トリップしないと歌えねえ。紀伊国屋じゃねぇと歌えねえ」と横山さんは冗談交じりに答えた。

 横山さんの知人は『そらにさからふもの』を見た後、影響で(テレビで見るカレーのようなものらしく、そんな気分になって)カラオケに行って中島みゆきさんの曲を歌った人が多かったそうである。

 他のメンバーといえば、豊口さんは仕事、山口さんは芝居の稽古、広井さんも仕事とのこと。

広井 「そんなゴールデンウィークですが、ゴールデンウィークも終わったと思ったら、明日は母の日。ママにささげるバラード、広井王子のマルチ天丼。今夜も大盛り……ええ、大盛りエビ天みっついっちょ上がり」

●スペシャルゲストトーク

広井 「夜はいろいろおったてて、ムラムラ世界傑作劇場。今夜は素晴らしい、お客様をお招きしております」
横山 「すごいね、びっくりよ。史上最年少で単独無寄港無補給で世界1周を打ち立てた冒険家、白石康次郎さんで〜す」
白石 「白石康次郎です、よろしくお願いします」
  一同で挨拶
横山 「日焼けして格好良いですねぇ」
山口 「ほんと海の男って感じですねぇ」
白石 「すいません」
横山 「なんで、すいませんですか?」
白石 「なれないもんで、どのぐらいのテンションで喋ったらいいのか」
一同 (笑)
白石 「ちょうどはかってるころなんですけどね。だいたい解りました、つかめて来ました大丈夫ですよ」
横山 「かなり大げさな感じでお願いします」
一同 (笑)
白石 「了解しました! こんな感じでいきます」

 横山さんが、白石さんのプロフィールを簡単に紹介。

1967年5月8日生まれ
1986年故多田雄幸氏に弟子入り
1993年10月3日26才の時、『スピリット オブ ユーコー』で最年少単独無寄港夢補給世界1周を達成。176日と3時間59分で4万6115キロを走破
1998年8月世界的セーラー、グルーノ・ペイロン氏のクルーとして、太平洋横断世界新記録樹立

▲ゲストの白石康次郎さんを交えて
 白石さんによると、太平洋横断のさいは横浜からサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジまで14日間で横断したとのこと。映画『太平洋ひとりぼっち』のモデルとなった堀江謙一さんが日本人初の太平洋横断に90日かかったそうである。

 白石さんが乗船した船は"カタマラン"と呼ばれるふたつの船体がひとつになったタイプで、テニスコートほどのサイズがあったとのこと。堀江謙一さんとの記録の差は、船体の性能と、グルーノ・ペイロンという世界的なスキッパー(船長)の実力によるものだそうである。

豊口 「すごぉい、世界一」
広井 「そうなの」
豊口 「世界一が横にいる〜」
広井 「横にいるのよ」
豊口 「すご〜い」
広井 「たまたまね、喫茶店で知り合ってね」
山口 「喫茶店で?」
広井 「そうなの。で、お茶飲んでて、あんた誰よみたいな話になって」
横山 「で、ナンパして連れてきちゃったの?(笑)」
広井 「そうなの。で、話聞いてたら、なんだ本物の冒険家じゃん、俺、チャレンジとか挑戦つってるけど、俺ら命かけてねぇもんなって」
横山 「だねぇ、重みが違う」
広井 「重みが違うのよ。本物の命かけてる人がいたと」
横山 「本物の話を聞きましょうよ」
広井 「そう、本物の話を聞こうじゃないのよと、今日連れてまいりました」

 広井から「白石さんは冒険家として生きようと思ったのはいつですか?」と質問。

白石 「冒険家として生きようと思ったことはないんですよ。子供のころですね、まず、広い所にいってみたかったんですよ。地球をね、せっかく丸いんだから、1周してみたいと思ったんですよ。その時はヨットでもなんでもよかった、とにかく、自分の町から出て、この地球を1周してみたいという憧れだったんですね」

 まず船乗りを志し水産高校に進学、マグロ船に乗るなどの実習を受けたとのこと。その頃はエンジニア(機関士)を目指していたそうだが、機関士は機関場にいるためあまり海が見られなかったので「なにか違う」と感じたそうである。その頃に映画『太平洋ひとりぼっち』と出会い、「ヨットでたったひとりで世界1周してみよう。自分へのチャレンジですね。そういうことで、ヨットで世界1周を決めたんですね」と冒険家になった経緯を語った。

横山 「ヨットをご自分でお造りになったことがある?」
白石 「そうですね、単独無寄港世界1周という、まあ長ったらしいんですけど、要するにですね、僕の場合自分で船を造って、で、ひとりで乗って、無補給ですから食糧とか全部船に積み込んで」
横山 「最初にね」
山口 「ああ、そうか」
白石 「誰の力も借りずに日本を出て、くるっと地球を1周してきて帰ってきたというものなんですね」
一同 (感嘆の声)
横山 「途中でご飯が足りなくなったらどうしようとか、そんなことも考えるんですかね」
白石 「いや、それはないですね」
横山 「あ、そうですか」
白石 「一応、200日分積んできましたから、食料は十分でしたね」
広井 「なにが足りないの? なにが困ったの?」
白石 「からしを忘れたのが困りましたね」
一同 (笑)
白石 「からしを忘れてねえ、焼きそばとかに付けるからしがなかったのってのが唯一の失敗ですね」

 横山さんから食事以外の時間の過ごし方を質問された白石さんは「よく聞かれるんですけどね、たったひとつですね。もう、早く帰りたい。それ以上以下でもない」と語った。

 山口さんにひとりであることの寂しさについて質問された白石さんは、「まず生きなければいけない」そうで、食事を作り、船を管理し、健康を管理する等、生きるための作業が沢山あるために、やることが多いそうである。

 広井さんは白石さんの著書(『七つの海を越えて』文藝春秋社刊)を読み、南氷洋近辺で船がひっくりかえりそうになったことが書いてあったそうで、その話題にふれる。

  白石さんは自分で作った船なので何度かひっくりかえるであろうことは予想していたので、転覆の可能性も視野に入れ船を設計したそうである。ヨットの船底には"キール"という重りがついており、そのためにだるまのような構造になっているそうで、白石さんの船は船体の重量が4トン、重りの重量も4トンにしてあるため、船体が90度から120度まで傾いても起きあがれる構造になっているとのこと。

白石 「で、ひっくり返った時に、空気が抜けなければお椀をひっくり返した状態と一緒で、水の進入を防げるんですね」
横山 「なるほど」
白石 「だから、船底のバルブも全部閉めて、荷物を縛って、いつひっくり帰ってもいいように、準備はするんです」
広井 「なるほどね〜」
横山 「おそろし〜な〜」
白石 「それでもひっくり返った時はド迫力でしたね」
広井 「あっそう」
白石 「本で読んだのと違いましたね」
広井 「ああ〜ん」
横山 「もう、死について考えたりととかしちゃうんでしょうか」
白石 「いや、死についてはね、恐怖とか死については陸(おか)zにおいてくもので、僕のポリシーとしてね」
横山 「はい」
白石 「だから、いったん出航する時に、覚悟ってのを決めていくんですよ」
横山 「なるほど」
白石 「覚悟ってのは死ぬ覚悟ですね。で、いきますので、それが僕の集中力であり、モチベーションですから。だから、怖いという思いはないですね」
▲"冒険家"そしてその覚悟を語る白石さん
横山 「冒険家にとって必要なものとはなんでしょう?」
白石 「冒険家にとって必要なもの……難しい質問ですね」
横山 「その、精神面」
山口 「精神面とかもかなり強くないとできないような」
横山 「肉体的にも、もちろん、あれですか」
白石 「肉体的にも精神的にももちろんなんですが、私ねえ、以外と精神的に強い方じゃないんですよ。それを克服するにはねえ、忍耐力よりも、あらゆる状況を楽しめることってのは、結構ポイントになるんですよね」
横山 「逃がしてあげるのがいいんですね」
白石 「そうですね、私みたいに」
山口 「で、こうプラス思考になって」
白石 「そうですね、長いスパンでものを考えていくんですね。半年間ねえ、我慢なんてできないですよ、人間。で、ストレスにも絶対耐え切れません。僕もそれわかってるの、自分が弱い人間だと。その場合、どうやるかっていうと、耐える努力よりもねえ、楽しむ努力をするんですね」
山口 「その状況を楽しむ?」
白石 「だから、波があれてるときに、この波のってやろうと思うのか、この波怖いなと思うのか。状況は変わらないですよ。でも、考え方によってそれが楽しむと。人間っていうのは楽しいっていうのは続くんですよ。これはなんでも、そうだと思うんですけど、仕事でもなんでも。だから、そういう風に考え方を持つ」
  一同感心
白石 「……そんなに真面目に捕らえられてもね」

 白石さんの次なる冒険は今年の9月にニューヨークから出発する『アラウンドアローン』という世界1周レースに参加されるとのこと。白石さんは「ちょっと、(地球を)もう1周頑張ってきますと」とさらりとコメント。

 今回のレースは9月に出航して来年の4月にゴールする長丁場とのこと。船に衛星携帯電話を搭載されているそうで、9月に出航したら番組に電話を貰おうと盛り上がる。白石さんは「そのかわりコレクトコールでも、白石知らないって切らないでください」とギャグを飛ばした。

広井 「もう6月ぐらいには出ちゃうんでしょ?」
白石 「はい。スタート地点のニューヨークまで、地球半周してはしっていかなきゃならないんで」
横山&豊口 「ええ?」
山口 「……あ、そっか」
豊口 「自分のヨットをもって」
白石 「持っていきます、走っていきます。だから、6月の2日には下田からアメリカに向けて出ます」
横山 「じゃあ、お気をつけて、楽しいレースを」
山口 「頑張ってください、本当に」
白石 「はい、頑張ります」
一同 「今日は、楽しいお話いろいろありがとうございました」
白石 「ありがとうございました」
▲ゲストの白石康次郎さんを交えて
白石康次郎さんのすべてを知りたいと思ったあなたはこちら!
白石康次郎 Official Home Page

●ドラゴンテイル 第102回 バビロン

●エンディング

 ゲストの白石さんの話題となり、横山さんは「自信のある人はさらっとしてますね」と感想を語った。

 広井さんは以前白石さんから聞いた話として、イギリス人がヨットレースで優勝すると、サーの称号を与えられ、レース費用が1億円程かかるところ、3億円はもらえるそうである。

  白石さんの師匠、故多々雄幸氏も 第1回単独世界1周レースで優勝経験をもつヨットマンである。イギリスでサーの称号を貰った冒険家に現在の状況を聞かれた多田氏は「今、タクシーの運転手をやって借金を返してます」と答えたところ、「悪い冗談はやめろ」と言われたそうである。

広井 「日本ってそういう国だよね」
山口 「なんていうか、こう価値観って言うんですかね」
広井 「そうだね、価値観」
山口 「価値観が違うんですかね」
横山 「お国柄ですよねぇ」
広井 「だから、向こうではテレビタレントが女王陛下のとこに呼ばれるってことはないけれど、冒険家ってのはかならず呼ばれるからね。社交界だから、全然地位が違うんだよね。日本は単なる物好きって思われちゃう。で、チャレンジャーに対してのその、敬意というか、自分たちができないことをやってるんだということに対しての敬意というか、そういうものが紳士の国なんだろうな。ま、フランスもそうだし、アメリカもそうなんだよな。冒険家に対してのアプローチって全然違うという。今日は本物がきて勉強になったなと思いましたね」
山口 「頑張ってほしいですね」
広井 「ほんと、頑張ってほしいよね」
山口 「ほんと、電話かかってくるといいな」
豊口 「たのしみ〜」
横山 「お電話まちましょうよ〜」
広井 「そんなことがあったら、本当に楽しいと思います」

 横山さんのお芝居の感想のおはながきが沢山来ているそうで、その紹介。

◆ギャンさん
 みなさんこんばんわ。『そらにさからふもの』見てきました。智佐さんの後転見事でした。しかし、智佐さんの役者としての力量には驚かされました。絶叫しながら歌うシーンの迫力といったら鳥肌がたってしまいました。今度はぜひ、サクラの舞台も見にいきたいと思います。

横山 「ぜひ、いらしてください」

 広井さんは"後転"の部分を"バク転"と読み、横山さんから「バク転じゃないよ、バク転はしてない、でんぐり返しだから」お約束の突っ込みを引き出していた。

 山口さんか、ら劇団21世紀FOX第50回記念公演『アリスインワンダーランド 〜不思議の国のアリス〜』が2002年5月28日(火)〜6月2日(日)、新宿・シアターサンモールにて公開するとの告知。『サクラ大戦』のアイリス役でお馴染みの西原久美子さんが"アリス"を演じるとのこと。

広井 「はい、ということで広井王子のマルチ天丼、夜のおつまみ、足の指でジャンケンがでけた、7点」
山口 「……ふん」
広井 「お相手は、広井王子と」
横山 「横山智佐と」
山口 「山口勝平と」
豊口 「豊口めぐみでした」
横山 「じゃあ、またね」
全員 「バイバ〜〜イ」
広井 「足じゃ"ケンケン"だ」


  【多田雄幸】
 1983年、自作ヨット『オケラ5世号』で第1回単独世界1周レースクラス優勝の経歴を持つ世界的なヨットマン。金銭に無頓着で、まさにオケラ(俗語で無一文の意)な人生を貫く。

 大変な酒豪で、船上でもよくお酒を飲んでいたとのこと。普段は弟子の白石康次郎さんに操船をまかせ自分はグラスを傾けているが、いざ船の調子がおかしくなれば見事な手さばきで舵をとりなおし、また改めて飲み直していたそうである。

 白石康次郎さんが世界最年少単独無寄港世界1周の記録を樹立した船『スピリット オブ ユーコー』の船名は、多田雄幸氏の名前から付けられたものである。

【堀江謙一】
 海洋冒険家。昭和37年(1962)全長5.8メートルのヨット『マーメイド号』で日本人初の単独太平洋横断に成功。 この時の航海日誌を『太平洋ひとりぼっち』と題し出版して、昭和38年菊池寛賞を受賞。

 堀江氏の航海は"密入出国"であり、強制送還されても仕方のない状態であったが、当時のサンフランシスコ市長ジョージ・クリストファー氏は日本青年のチャレンジャースピリットを高く評価し、堀江氏をサンフランシスコ名誉市民として迎え、1ヶ月の米国滞在を認める異例の措置をとった。

【太平洋ひとりぼっち】
 昭和38年(1963)公開の邦画。監督・市川 崑、原作・堀江謙一、主演・石原裕次郎。
 堀江謙一さんの航海日誌を元に、自身もヨットマンである石原裕次郎が主演をつとめた作品。
 
 


前へ 番組ダイジェストTOPへ戻る 次へ 
PageTopへサイトマップへ
著作権についての考え方